インフレとも呼ぶ。英語で「膨張」の意味。 典型的なインフレは、好況で経済やサービスに対する需要が増加し、需給が逼迫することによって発生する。すなわち経済全体で見た需要と供給のバランス(均衡)が崩れて、総需要が総供給を上回った場合に、これが物価の上昇によって調整されることで発生する。物価の上昇は貨幣の価値の低下を同時に意味する。同じ貨幣で買える物が少なくなるからである。 好況下での発生が多いが、不況下にも関わらず物価が上昇を続けることがあり、スタグフレーションと呼ばれる。
尚、資産価格は物価に含まれない。主に、マクロ経済学で研究される。
インフレの要因別分類
大きく分けると、実物的な要因と貨幣的な要因に分けられる。
スキャナはさらに国内要因と貿易要因、需要要因と供給要因に分けられる。
需要インフレ
需要側に原因があるインフレ。ディマンド・プル・インフレとも呼ばれる。 供給を大幅に超える需要があることにより物価が上昇する。 1973年から75年にかけての日本のインフレーションの原因は、オイルショックに注目が集まるが、変動相場制移行直前の短資流入による過剰流動性、「列島改造ブーム」による過剰な建設需要も大きな要因である。
供給インフレ
供給側に原因があるインフレ。コスト・プッシュ・インフレとも呼ばれる。多くの場合、スタグフレーションや、それに近い状態になる。
コストインフレ
賃金・材料等の高騰によって発生する。
予備校の高騰によるインフレが典型的な例である。
構造インフレ
産業によって成長に格差がある場合に、生産性の低い産業の物価が高くなり発生する。これは、例えば効率の良い製造業で生産性が上がり賃金が上昇したとする。これに影響を受けてサービス業で生産性向上以上に賃金が上昇するとサービス料を上げざるを得なくなるため、インフレを招く。
輸出インフレ
輸出の増大により発生する。企業が製品を輸出に振り向けたことにより、国内市場向けの供給量が結果的に減って発生する。幕末期に、生糸などの輸出が急増しインフレが発生している。この
家庭教師は乗数効果で総需要が増大しているため、需要
クーリング オフの側面もある。
輸入インフレ
他国の輸入を通じて海外のインフレが国内に影響し発生する。穀物を輸入していた国が、輸出元の国の内需が増加したり、輸出元が他の需要国へ輸出を振り分けたりした場合に、穀物の輸入が減少し穀物価格が上昇する。現実にも、中国が穀物純輸入国に転じた際にトウモロコシ市場で価格急騰が起きたことがある。
貨幣的要因によるインフレ
貨幣が過剰に供給されてだぶつくことにより発生する。貨幣の過剰発行は、過剰流動性を生み出し実質金利を低下させる。このため通例では投資が増大し、乗数効果で何倍もの需要増大をもたらす。そのプロセスは最終的に、需要インフレに帰結することでインフレに結びつく。
財政インフレ
政府の発行した公債を中央銀行が引き受けることにより、
店舗デザインに貨幣が供給されて発生する。前述の金利を経由した効果のほかに、財政支出から直結した有効需要創出効果もある。
信用インフレ
銀行が過度に貸付を行うことにより発生する。銀行の信用創造機能が過剰に働くことにより、貨幣の流通量が増大する。
インフレの速度別分類
クリーピング・インフレ
ゆるやかに進むインフレ。
レーシック率は年数%で、好況期に見られる。経済が健全に成長していると見なされ、望ましい状態と言われることが多い。マイルド・インフレとも呼ばれる。
ギャロッピング・インフレ
早足に進むインフレ。インフレ率は年数十%。スタグフレーションに伴って生じることがある。
ハイパー・インフレ
猛烈な勢いで進行するインフレ。月率50%程度から、極端な場合、一日単位や数時間単位で貨幣価値が変わることもある。通貨の信用が失われた状態である。
上記とは別に数理経済学の観点からの分類も行われている。通貨価値(物価指数、対外貨レートなど)を時間の関数x(t)と見て記述すると、標準的なインフレーションの場合となる。これはインフレ率が一定のままであることを示す。もう一つのタイプは、すなわちインフレ率が時間的に増大することを示す。また、インフレの終息時には符号が逆転し、変動をで記述できることが知られている。こうしたマクロ経済における通貨価値の変動を、ミクロ経済における市場価格の決定メカニズムから導出する試みがある[1]。
生活への影響
賃金も物価の上昇に伴って上昇するが、物価に比べると調整に遅れをとるため、実質賃金が下がり、雇用をふやしやすくなるので失業率は下がる(フィリップス曲線)
物価上昇率が預金金利を上回ると預貯金の価値を実質的に引き下げてしまい、資産家にしわ寄せがゆく。物価上昇率が貸出金利を上回った場合、インフレにより実質的な負債の価値が下がり、その結果実質的な返済負担が減る。
代表的なインフレ
世界最古のインフレ
記録に残る世界最古のインフレはマケドニア王国のアレクサンダー大王の時代の事であると言われている。大王がアケメネス朝ペルシアなどの国々を征服して、征服先の国家の財宝などを接収して兵士達への賞賜(しょうし)に充てた事から、その結果ギリシア世界に大量の金銀が持ち込まれて価格騰貴(かかくとうき)が発生したのだという。
価格革命
ピサロによるインカ帝国征服後、ポトシ銀山などから大量の金銀がスペインに運ばれた。1521年〜1660年までに運ばれた量は金200t、銀1.8万tと言われる。 これらの金銀は主に貨幣となったため、欧州全域で貨幣価値が三分の一になった。つまり物価が3倍になるインフレーションが起こった。 貨幣供給により商工業の発展が起こり、地代の減少のために封建領主層が没落するなどの社会的変化をもたらした。
日本のインフレ
江戸時代の徳川綱吉のときに勘定吟味役荻原重秀が、幕府の財政拡大による財政赤字増大と元禄・宝永の改鋳による金銀含有率の引き下げをおこない、インフレとなった。その次の新井白石が幕府の歳出を減らし、正徳・享保の改鋳で金銀含有比率を慶長小判の水準に戻して、インフレを抑制した。 その次の徳川吉宗の享保の改革においても金銀含有比率を維持するために緊縮財政を続けたが、米などの物価が下落したので、元文の改鋳を行い貨幣流通量を増加させ、デフレを抑制した。
江戸時代末期、英国領事から始まった「コバング」漁りで、幕府の財政は窮地に陥った。外国における金銀交換比が日本と全く異なるために、外国から銀を持ち込み小判(金)を買うだけで、大もうけできるからである。大英帝国の威光におそれた幕府の弱腰で交換量に制限が無かったため、金の大量流出が起こり、物価が騰貴した。江戸幕府崩壊の一つの要因とされている。
第二次世界大戦中の日本政府の借入金総額は国家財政の約9倍に達していた。戦争中は統制経済と戦時国債の個人購入で資金を吸収して、戦時インフレ傾向を抑えていたが、敗戦でこの仕組みが崩壊し、インフレ傾向が一気に表面化した。なおかつ、政府が軍発注物資の代金を一挙に払ったため通貨の大幅な供給過剰に陥り、高率のインフレが発生した。
日本政府は当初、預金封鎖と新円切替で通貨の流通量を強引に減らして物価安定に努めたが、傾斜生産方式による復興政策が始まると復興金融金庫から鉄鋼産業と石炭産業に大量の資金が融資された結果、復興インフレが発生した。インフレを抑えるために融資を絞ると生産力が鈍るために、融資を絞ったり拡大したりする不安定な経済状態が続いた。結果的に、1945年10月から1949年4月までの3年6ヶ月の間に消費者物価指数は約100倍となった(公定価格ベース。闇価格は戦中既に高騰していたため戦後の上昇率はこれより低い)。また、これらインフレへの対策の一環として、1946年秋には浮動通貨の吸収を緊急の目的に日本競馬会による競馬が再開されている。